日本の刺繍等デザイン書・美術書入荷いたしました。
「小紋」という呼び名は、近来連続して小さい模様であるというだけで、染によるものは勿論、ローケツ染や手描き染によるもの までその名が使われているが、本来「小紋」というのはわが国の伝統的な型染の一種である。
わが国における型染の歴史はずい分古く、奈良時代にその先駆を みることが出来るが、今日にみられる型染の源流は鎌倉時代頃から だと考えられる。その頃は型染といっても武具との関係が深く、主 に鎧などの皮革に使用され、それが更には室町時代の能の普及によ る能衣裳や小袖の発達の中に、型紙が摺箔としてもさかんに用いら れ、桃山から江戸時代になると、武家の襟などにみられる小紋染、 一般庶民の衣服や夜具類の中形染などとして発展し、明治の化学染料の導入による型友禅の出現で、女性のきものに多く染められるようになり、今日の隆盛に至っている。
この型染の歴史を考える上で特に注目しなければならないのは、 伊勢の白子・寺家(現在の三重県鈴鹿市)のことである。この地方は古くから(室町時代と考えられる)伊勢型紙の産地として知られ、江戸時代には紀州藩の手厚い保護のもとに、全国に型紙が供給され、現在もなお型紙の多くが生産されている。
「ここに「伝統小紋・万華集成」として発表されるものは、伊勢型 紙産地の中でも、室町時代から続いた旧家に伝わった「型絵摺り」 で、いわば型紙の見本帖乃至注文帖の集積であり、時代的には江戸 から明治・大正にかけてのものが多く、約一万点にのぼる資料の中から、制作年代等は無視して、出来る限り今日に生きる文様という見地から千余点を厳選したものである。
私達の先人によって創案され、長い歴史の試練を経てきたこれらの文様が、染色界はいうに及ばず、デザインを必要とするあらゆる分野の人に伝統を現代に生かす指標として広く活用されることを希求したい。
本書は先に発表された「伝統小紋万華集成」 の姉妹篇であり、ここでの「中形」は「小紋」 に対して比較的大きい模様という意味を含ん でいる。
伊勢の型紙産地では、小紋・中形という分類をせず、いろんな種類の型絵摺り百数十種づつを各々一冊にまとめて、それに「健印」「実印」などという表題を冠して、これを全国に流して型紙の注文帖としていた。
その中には一枚の型紙によるものから、数枚による ものまであり、鮫小紋・江戸小紋などと呼ば れるものも数多く含んでいる。
これらの注文帖に見られる模様の種類は実 に多種多様で、植物模様、動物模様、自然模様、幾何模様から絵画的なもの、更にはそれぞれの組合せによるものまで、模様として取上げてないものはないほどで、さながら模様 の宝庫といっても過言ではない。
このような豊富な模様が生み出された基盤には、伝統的な流れと同時に外来の更紗や、小袖、能衣裳などの模様が大きな影響を与えていると思われるが、それ以上に型絵師による創意創案も相当あったことと推測できる。
ここに発表される「伝統中形」も先の「伝統小紋」と同じく約一万点にのぼる型絵摺りの資料の中から、現代的な視点で約一千点を厳選収録したものであり、「伝統小紋万華集成」とあわせて広く活用されんことを念願したい。
昭和五十二年盛夏」