「江戸幕府日記」刊行の意義
京都大学大学院文学研究科教授 藤井 讓治
「江戸幕府日記」は、将軍の動向を中心に、江戸城での年頭・ 八朔などの諸儀礼、寛永寺・増上寺への参詣、日光社参、老中を 始めとする幕府諸役人の任免、発布された法令、大名の参勤また 領地への暇、改易や転封、公家衆の江戸下向、大名・旗本の婚姻 の許可などが、将軍右筆の手で日々事細かに記されており、将 軍・幕府を中心とした江戸時代の政治・社会を知るうえでとりわ け重要な史料である。
にもかかわらず、「江戸幕府日記」は、従来ほとんど利用され ることはなく、江戸時代研究に使われるようになったのは比較的 近年のことである。この「日記」は、これまでの江戸幕府研究に おいて多用されてきた『徳川実紀」にしばしば出典として姿をみせるものであるが、ごく一部を除き原本が残されていず、また良 質の写本も知られていなかったため、長く江戸時代の研究に利用 されてこなかった。
一九七三年、東京大学史料編纂所が、姫路酒井家文書(当時は 姫路市立図書館所蔵)を調査したおり、「江戸幕府日記」の極め て良質の写本を見出し、その折の写真が史料編纂所に架蔵される ようになったことで、一部の研究者が利用するようになり、その 内容が江戸前期の幕政を研究するうえで欠かせないものであるこ とが明らかになった。しかし、限定された閲覧環境にあったため、 江戸時代の政治・社会史研究に欠くことのできない基本史料であ ると認識されながらも、ごく一部の研究者しか利用できず、多く の研究者からその公刊が待望されてきた。
「江戸幕府日記」は、現在数冊を除き原本は残されていない。 写本は、いくつかの文書のなかにその一部のあることが知られて いる。しかし、その多くは年代的にも短期間であったり、また抄 本であったりする。そうした中にあって、姫路酒井家に伝来した 「江戸幕府日記」は質・量ともに最も充実したものであり、この 酒井家文書の「江戸幕府日記」の公刊は、江戸時代の政治史や社 会史さらには文化史研究に多大の貢献をなすものと確信している。
『江戸幕府日記』について
– 「江戸幕府日記」とは、江戸幕 府の公務内容を記録した日録の総 称です。個々の簿冊は単に「日記」や「年録」と題されていますが、 記録した部署によって便宜的に 「右筆所日記」「御用部屋日記」な どと呼ばれます。こうした日記の 編集は徐々に拡充され、諸役所で 「書物方日記(宝永~安政)」や「柳営日次記(明暦~安政)」など が作成されました。上記の日記は 幕府の正史「徳川実紀」の典拠に なっています。しかし、初期の日 記類は四代将軍家綱の時代、明暦 の大火によって殆ど焼失したとさ れています。そのため、従来明暦以前の幕政研究は、二次的編纂物 である「徳川実紀」の記述に多く 依拠してきました。
この度小社で刊行する江戸幕府 日記は「右筆所日記(寛永~明暦部分)」の「写本」です。同書の原 本は現存しておらず、数種の写 があるのみです。その多くは抄出 や欠年が目立ちますが、姫路酒井 家に残された写本は質量ともに充 実し、写本中最高の善本といわれ ています。酒井家本は比較的新しく発見されたこともあり、書誌整 理などのため従来十分に活用され てきませんでした。しかし、この 度、同史料を所蔵する姫路市立城 郭研究室のご協力を得て出版の運 びとなりました。江戸幕府日記は 既に「書物方日記」が「大日本近 世史料』に収められ、「柳営日次記」が雄松堂からマイクロフィルムで、 また野上出版から部分的に影印出 版されています。但し、両書とも 明暦以後から筆を起こしており、 明暦以前の「江戸幕府日記」が出 版されるのは今回が初めてのことです。本書の刊行によって家光・ 家綱時代、江戸幕府確立期の政 治・制度・儀礼などの基礎史料が体 系的に提供されることになります。