茶の点前シリーズほか茶道書入荷しました。大日本茶道学会以外にも茶道書もありましたが、今回は大日本茶道学会の本を紹介いたします。
月刊『茶道の研究』の誌上に、毎月「点前詳解」を書き始めてから、十年あまりの 歳月が流れました。
それは、父仙樵の口伝や伝書を、出来るだけ多くの方に正しく伝えたいと考えたからでございます。
今回、これらに基づいて新たに筆をとり、茶の点前シリーズ を発行することにな りました。第一巻として小習をとり上げたのは、皆様から小習が解っているようでありながら、一番難かしいという声が多かったためでございます。
初学者の独習の指針となることは勿論、教授者の参考となるようにと考えてつくりました。出来るだけ多くの写真や図版を加えた説明によって、わかり易く解説を試み たつもりでございます。
出版にあたって、ご協力いただいた本部教授、並びに関係者の温かい励ましにお礼を申し上げると共に、本書によって正しく点前が伝わり、茶道研究の一助となれば幸 いと存じております。
昭和四十七年二月一日
本部教場懐徳軒にて 田中菫仙識
はじめに
父仙樵が、大正二年に『七事式伝書』を発行して以来、四十余年間、発行を続けて まいりましたが、三十一年七月に、改訂印刷をいたしました。
その時、父の許しを得て、点前の改正もいたし、これで私の役目は終わったと思い、 いずれまた誰かが改訂をしてくれるだろうと考えたのでございます。
しかし、それから十六年経ちました今日、七事式の解説書を上梓することになりま した。当時を思い起こして、感無量でございます。
父仙樵の唱導いたしました七事式は、父逝って後も、研究に研究を重ね、その志を 継いで今日に到りました。
-これ一重に、古い教授、社中の方々の一致協力、若い社中の方の実行力に外ならな いと深く感謝申し上げるとともに、現会長創案による新七事式によって、ますます、 技と心を磨かれますことをお願い申し上げる次第でございます。
昭和四十七年九月二日
於思軒 田中 董仙識
茶席に入れる化を茶花と呼び、一般的な生花や盛花と区別しています。それは 茶の湯のもてなしに亭主が選んだ花を客に観賞してもらうと共に、季節の味わい を茶席に添える大切な役割を果しているからです。
「草化の中に特別な花があるわけでなく、茶席に入れることのできる花を、茶席 に相応しく花入に移したものが茶花と呼ばれるものだと思います。即ち、植物学 的に茶化という名称は存在しないのです。
茶化は一つのテーマや主張を持って花を造形するのではなく、自然の味わいを活かして化を花入に移します。山上宗二記に「花ノ上手ハ何ノ花ニテモ心次第也、化二法度ヲ云ハ初心ノタメ也」という言葉があります。
茶花は茶席という限定された空間に入れる花ですから、茶席、花入との調和、均衡を保つことが必要です。
それには茶の道を究めて、自然に茶花を入れられるのが理想だと思います。先達 の歩んだ道をたどって、その法度に則り花の入れ方を学んでいくうちに、自分の
中で会得することができて参ります。先輩から伝えられた規範や基準をよく理解し、花の自然さを素直な目で見ることが大切です。
初心の方を対象に茶花の手ほどき、道案内のようなつもりで書きあげました。
昭和六十一年七月一 田 中 令子
私達は、茶を点てる動作として、よくてまえという言葉を使っています。古くは手 前とか建前と書き、今日では点前の字をあてることが多いようです。てまえという言葉には、「自ら直接にする、じかにする」という意味と、「腕前とか技量、あるいは手腕を見せる」といった意味があります。 とすると、茶のてまえという言葉は、客に茶をすすめるとき、亭主自らが動作し、何らかの手腕を示すことから使いはじめられたと考えて、およそ誤りはありますまい。
茶に限りませんが、人を対象とした所作や儀礼は、相手に尽くすとか、相手を敬うことから考え出され作られたようです。後世になって制度化され、形式化されてからは別ですが、初期には、心のあり方が形をとり、ひとつの型が生まれていったと見て よいでしょう。所作のどの部分をとりあげてみても、目的や心の表現が形で示されているのが、てまえの本来の姿であると思います。
茶道学会が、田中仙樵居士を中心として、創立以来、点前(以下慣例に従って点前の字を使用)の研究にも力を注いできたのは、点前が本来の主旨や意義から離れてしまっていたからであります。そうした研究の成果があがり、先人が実践し体認してつ くりあげていった点前理論の解明を、なしとげたのでありました。
ーはじめに―
炭点前の執筆を前にして考えましたことは、炭点前が果して本としての体裁をなす であろうか。そしてまた、これがお役に立つかどうか、そんな懸念もありました。 しかし、炭点前がいかに大切であるかを、最近とみに感じている私にとって、この 与えられた機会に、父仙樵から伝えられたものを、あとで悔のないように書き残したい。
そんな慾望が湧いてまいりました。 写真と図版の力を借りて、自分として可能な限りの解説をいたしたつもりでござい ますが、点前の順序は納得出来ても、心の悦びは、人それぞれの修行によって会得す るもの。
この書が、そうした点でも、いく分のお役に立てば、最初の不安も懸念も、たちど ころに解消して、予期せぬ喜びがこれにかわり、茶の道に志す者だけが知る幸福をか みしめることでございましょう。
昭和四十七年九月二日 於 以成軒田中圭仙識